中年パワーリフター日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 「ずっとウソだった」

<<   作成日時 : 2011/04/09 23:40   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 13 / トラックバック 0 / コメント 9

今回のクーの病状は深刻だ。
眼振がいつもより強い。

これだけ眼振していると、
ぐるぐる回って感じていると思う。
とても不憫だ。

ペットブログランキング

人気ブログランキングへ
よかったらクリックしてください。


「ずっとウソだった」

最初に書くが、私は、斉藤和義さんのファンである。
私のi-Podに収録してある曲の中で、
一番よく聞く曲は、「歩いて帰ろう」だ。
特に落ち込んだ時や、
試合前は、必ず聞く。
次は、Thrillerだけど。

今回の一件があってもファンであることには変わりはない。

前置き終わり。


斉藤和義さんによる、
「ずっと好きだった」の替え歌、
「ずっとウソだった」が話題だ。

何度も聞いてみた。
Yahooのコメントも読んでみた
(ほとんどのコメントに投票した)。

私の感想と考えは、こうだ。
曲の内容については、
確かに、その通り!!
まったく、その通りだ!
本当に、ここまで事実を述べた歌があるのか、
って言うくらい、もっともな内容だ。

まあ、被災した人にもうちょっと配慮した歌詞だったら、
もっと良かったのに、とも思う。
でも事実は事実。
正しいし、もっともだ。

しかし。
同感はできない。
支持もできない。

何よりも強く思うのは、
残念である、ということだ。


どこに問題の核心があるのか

この替え歌とそれに対する論議の核心は、
「100%の、絶対の安全」
という点だと思う。

私のブログをずっと見ていない人は、
今年の3月25日の記事を先に読んで欲しい。



「原発が安全」などというCMは見た記憶がない。

もちろん、物理学をまともに学んだ人には、
今の核分裂による原発が、安全である根拠は少ない、
ということは、自明のことである(注)。

注:それを知らなかった人で、50歳以下であれば、
  もう一度、高校からやりなおしてね。
  原発の是非を論じる立場にないから。

しかし、原発を作る時に、地元への説明では、
電力会社も、政治家も、安全性を強調したのだと思う。
核分裂だの、放射線だの、知らない人には、
そんなことを説明するよりも、
「安全」「有益」を強調して、
適当にごまかしていたのではないか。
たぶんそうだと思う。
今の東電幹部や、政治家ならやるだろう。

だから、「ウソだった」は正しいと思う。
きっと「ウソ」をついていたはずだ。

しかし、そのウソの根源は何だろう。
原発を作るのに、
ウソをつかなければならなかったのは何故だろう。

確かに、政治家が利権のために、
原発を推進した側面もあるだろう。
電力会社も、
いわゆるクリーンエネルギーの推進を怠り、
原発に誘導したこともあるだろう。

しかし、それだけの理由で、
大ウソまでついて原発を作ったのか?


ウソをついた側の問題は大きい。
これはまぎれもない事実だと思う。

しかし、今更そんなこと言っても、
今の政治家が改心するとは思えない。

問題は、ウソをつかれた側、
私達自身の問題を考えることが重要ではないか。

他人を変えることよりも、
自分を変える方が、容易であることぐらい、
まともな大人なら知っているでしょ。


絶対の安全を求める人々

「安全」を強調するのは、
「安全」を求める人がいるからだと思う。

もっと厳密に言うなら、
「100%の、絶対の安全」を求める人々がいるから、
ウソをつかなくてはいけなかった、
そう思うのである。


水道水の放射能が問題となれば、
注意の対象である乳児でもないのに、
大人が水を買占める。

茨城の魚から放射能が検出されたら、
銚子の魚まで売れなくなる。

放射能の報道がされれば、
問題のない東京からですら逃げる芸能人もいる。

過剰な反応が、風評被害を作っている。

こんな異常な状況の根源はどこにあるのか。

風評被害はいけない、買占めはダメ、と言っておきながら、
自分だけは、ミネラルウォーターを買い占めて、飲む、
事実、そういう人がいるからではないか。

そういう人は、
危険はないと信じたい、
危険の全くないことを求める。

裏を返せば、ある程度の危険すら、
許容できる危険すら、受け入れられない。


だから、「大丈夫だ」と言われても、
水道水を飲まない、
北関東の野菜を食べない、
千葉の魚すら食べない、
雨すら、怖がる(注1)。
原発の電気は使っても、
自分の住んでいるところには原発を作らせない(注2)。


注1:先日韓国では、雨が降ったそうだ。
  雨に放射能が含まれる可能性があるということで、
  休校にしたところが多いとのこと。
  それをマスコミが煽っていた。
  この過剰な反応をどう思いますか?

注2:そういう「自分だけ安全」を追求する人は、
   自分だけ停電は嫌、という人が多い思う。
   そして、事故が起きると声高に
   原発反対、他の発電で十分という。
   じゃあ、その他の発電って?と聞かれると、
   根拠ないことでごまかす。



許容できる危険を容認できないから、
何でも怖がる(注)。
だから、大した危険もないのに、
「念のため」と称して、逃げたがる。
だから、銚子の魚が買えない。
そこから風評被害も生じる。

注:職業被爆をしている私にとっては、
  今の、水や魚や野菜の被爆で
  がたがた言うのは、ちゃんちゃらおかしい。
  そんなに不安なら、まず飛行機に乗らない方がいい。
  被爆を問題にできる資格があるのは、
  現地に周辺に住んでいる人と、
  避難を余儀なくされた人、
  さらに、原発事故現場で働く人々だけだと思う。


不思議なことに、
水道水の微量の放射能を恐れるあまり、
子供に水を与えず脱水にしたり、
硬水を飲ませて下痢をさせ、脱水にしたり、
はては、成分もはっきりしない井戸水を飲ませたり。
かえって、大きな危険を子供に負わせる親もいる。


小さな危険も容認できない人たちには、
ありもしない、「100%の、絶対の安全」
という話をしなければ、
何事もできないのだ。

安全か危険か、○か×かの二者択一しかできない。

「ある程度危険はありますが、
その危険は、こういう対策でどうにかなると思います。
それより、有益性がこれほどありますから」
という説明ではダメなのだ。
「絶対に安全だから原発を造らせて下さい」
って言わなくては、
絶対の安全を信じる人には通じない。
だからウソになる。
どんなに電力が足りなくても、
しょうがない状況でも、ウソをつかなくては、
納得してくれない。

さらに始末が悪いことに、
安全対策をすればするほど、
逆に「そんなに危険なのか」と勘ぐる人がいる。
そこに、経費節約や、仕分けなんぞが入るから、
安全対策をやりたくても、やらないで済ます
という政治家や幹部が横行するのだ。


「歩いて帰ろう」の中で、
「誰にも言えないことは、どうすりゃいいの?教えて!」
とある。
上記の疑問に斉藤和義さんはどう答えるのか。


ここで一つ、実際にあった話。

心臓病で危険な方がいた。
治療する上で、造影剤を使った検査が、
どうしても必要だった。
しかし、造影剤での危険を話したら、
検査、治療を拒否された。
造影剤での死亡率は、10万〜20万分の1。
その方の心臓病での死亡率は、
少なくとも100分の6〜7、最大10分の1。
その人は、眼の前の小さな危険を恐れ、
もっと大きな危険を受け入れたのだ。
本末転倒とはこのことだ。

そういう人には、
「造影剤は絶対に安全」というウソでもつかなければ、
その人にとって必要な、命を救う検査、治療もできないのだ。

結局、そんなウソはつけなかったから、
何にもできなかた。



斉藤和義さんの「ずっとウソだった」の内容は、
まったくその通りである。

その通りではある。
ウソをついていた人は、責められるべきである。
確かに。

しかし、そのウソを求めていた人々も
責任を負うべきなのではないか。
ただ、お気楽に礼賛している場合じゃないと思う。


100%の、絶対の安全を求めるのは
勝手かもしれない。
しかし、そのあり得ないものを求める心が、
ウソの一因を担っていること、
それだけではなく、風評被害の原因の一つになり、
本当にミネラルウォーターが必要な乳児から、
水を奪うことの原因の一つになっていることを、
是非、考えて欲しい。


今回の替え歌に同感できないのは、この点だ。
「ほうれん草食いてぇなあ」って、
「この街を離れてうまい水見つけたかい?」って。
ほうれん草も、水も大丈夫なのに、
過剰に反応して、拒否している人々こそ、
絶対の安全を求める人たちだ。
そういう人々が「ウソ」を求めるのだ。


だから、この替え歌は、事実であっても、
矛盾している。
斉藤和義さんほどの人が、この矛盾に気づないなんて、
実に残念なのだ。


100%の、絶対の安全など、この世の中にはない。
どちらが、より安全で(危険が少ないか)、有益か、
という選択しかないのだ。

そういう考えができて初めて、本当の話ができる。

100%の、絶対の安全を求める人々がいる限り、
今後も「ウソ」がまかり通ると思う。


原発は必要か?

「原発は不要」という人もいるだろう。
しかし、私は、現時点においては、
原発不要説には、賛成できない。

現実に、日本の電力の30%は、原発による発電だ。
それは動かしがたい事実なのだ。

Yahooのコメントには、
水力と火力で十分まかなえる、といった意見もあったが、
この意見には、まったく反対する。
ナンセンスだと思う。
デマに惑わされないでほしい。

百歩譲って、本当に今の日本の電力を
水力と火力でまかなえるとしよう。

そういう意見を言うということは、

ダム建設による自然破壊を容認することに等しい。

また、そういう意見を言う人は、
化石燃料に依存しきった現在の産業を
批判することはできない。
さらに必ず来るであろう、化石燃料の枯渇に対して、
何の対策も立てられない。

さらに、地球温暖化だの、CO2削減だの、
温暖化による種の絶滅を防止するだの、
全く言う権利がない。

さらに、エコという言葉さえ
口にする権利がないと思う。


太陽電池や風力発電などで
解決すると言う人もいる。

長期的には正しいと思う。
だが、今、現時点では不可能だ。

意見を言う前に、
太陽電池で動くおもちゃを買って、作ってみると良い。

いかに太陽電池が高価なものか、
非力なものかわかるだろう。

今、現時点ですぐに、原発のかわりができる、
クリーンエネルギーなんぞ、あったら、
教えて欲しいものである。

もしも知らないなら、
お願いだから、口を出さないでほしい。
反対していても、電気は生み出されない。
しかも問題なのは、
対案なく原発反対している人が使う電力は、
ゼロではないのだ。


今の政治家、電力会社トップの体質では、
原発は危険なものかもしれない。
しかし、今、現時点では、
やむを得ないものなのだと思う。


尚、今回の替え歌は、「反原発ではない」
今までの東電と政府のやり方を批判しているだけ、
という意見がある。
そういう人は、「曲をしっかり聞け」とも書いてある。

私は、何度も聞きなおしたし、
複数のHPで書き起こした、歌詞も読みなおした。

どう読んでも、反原発だと思う。
「反原発ではない」という人こそ、
この曲をよく聞くべきだ。

「ほうれん草食いてぇなあ」
「風に舞う放射能はもう止められない」
「何人が被曝すれば気がついてくれるのこの国の政府」
「ずっとクソだったんだぜ
東電も北電も中電も九電ももう夢ばかり見てないけど
ずっとクソだったんだぜ それでも続ける気だ」

どこが、「反原発ではない」のか?
反原発なら反原発でいい。

反原発だから同感できないのではないのだ。
原発反対以前の問題があるのだ。



想定外

替え歌では、
「俺たちを騙して言い訳は「想定外」」だって。

うーん。斉藤和義さんは、今までの人生、
「想定内」で生きてこられたんだ。
貴重な、とても甘ったれな人なんだな。


ふと思い出した、嫌ーな思い出。

今から25年前くらい。
夜中の仕事を終えて、自動車で帰る途中。
いきなり目の前に原付に乗ったおばさんが飛び出した。
ブレーキを踏んだが、当たった。

私は主要道路を走行中。
速度は、制限速度40km/hのところ、
20km/h程度の低速だった
(何か予感がしたのか速度を落としていた。
だから、おばさんは打ち身程度で済んだ)。

おばさんは、一時停止の側道から、
一時停止無視で、
見通しが効かない、塀の影から、
確認もせずまっすぐ主要道路に突っ込んだ。
常識的には、100%おばさんの責任で事故が起きた。

しかし。
過失は、8:2で私が悪いことになった。
納得がいかなかった。
だって、どう考えても、私に落ち度はない。
40km/hで走っていても問題ないのに、
20km/hだったし、
ブレーキも全く遅れていなかった。
停止不可能な距離内に、一時停止無視、
確認なしで突っ込んだおばさんが悪い。
それは、警察も認めてくれた。

そのころそんな言葉はなかったが、
まさに、私にとって「想定外」の事態で、
事故になった。

でも、私の方が悪いことになった。
警察官曰く
「自動車を運転しているって言うだけで過失がある」。

交通事故の責任って、そういうふうに決まることを
初めて知った。


飲酒運転や乱暴な運転をして、「想定内」の事故を起こす、
これは論外だと思う。

しかし、交通事故って、どんなに安全に心がけても、
どんなに事故防止をやっても、
「想定外」のことが起きて、事故が起きるのだと思う。


もし、「想定外」を許せないというなら、
その人には、自動車を運転する権利はない。
自転車すら、運転する権利はない。

さらに自動車で恩恵を受ける権利もない。
宅配便はおろか、はがき一枚、
米一粒すら、送ったり、もらったり、買ったりする権利はない。
それらが得られるのは、他の人が、常に、
「想定外」の危険をおかして、運んでくれるものだから。

「想定外」を許さないと言う人は、
私から言わせれば、温室育ちのボンボンなのだ。



民主党政権になって、どうだろうか。
多くの人が、良くなるはずの政治が、
「想定外」の悪政になったと思わないか。
ならば、民主党に投票した人は、
「「想定外」を許さない」と言う権利がないことになる。

原発の安全性の問題点を指摘されて、
改善しようとした、その予算を、
仕分けといって削減したのは、民主党。

老朽化し、廃炉の予定だった、
今の福島第一原発を、継続使用したのも民主党。

自民党の時は、官僚に支配されて腐敗しきっていたかもしれない。
しかし、民主党になって、
腐敗したが仕事ができた、官僚に変わって、
素人の、しかも政治家が政治をやっているのだ。

先の衆議院選挙で、国民の多数が民主党に投票した。
だから、その民主党に投票した国民には、
「「想定外」は許されない」という権利はないと思うのだ。


今回の原発事故は人災

今回の原発事故は、
天災よりも人災による部分が大きいと思う。

安全管理をちゃんとしなかった
政府、東電幹部に最大の責任がある。

事故後の対応も、
首相が、海外の協力を断るとは言語道断。
それを受け入れていれば、もっと被害が少なかっただろうに。

また、あくまでも炉の存続を考えるあまり、
後手後手に回った東電幹部の判断の誤りも許しがたい。

でも。
絶対の安全を求める人が、
ありえない要求をするから、
政府や東電の対応の遅れや隠ぺいを
促進したことは、まぎれもない事実だと思う。

だって、「健康被害はないけれど、念のため出荷制限」って、
「念のため」って。
絶対の安全を要求する人への対応以外の何物でもない。

さらに、不必要な不安だの、風評被害を大きくしたのも、
政府、東電、マスコミだけでなく、
意味もなく、許容できる危険を受け入れない、
自分だけの安全を追求する、人々にも
大きな責任があると思う。




今回の震災と津波で、
大規模な火災に飲み込まれる気仙沼の映像を見て、
「火は危険ですか?安全ですか?」って聞かれて、
みなさんはどう答えますか?

私は火はとても危険なものだと思う。
母も家を焼きそうになった。

将来的には、オール電化が進み、
家庭で火を使うことは少なくなるだろう。
母のボヤで、父がオール電化したように。

火は危険なものであることぐらい、
物心付いた人なら、知っている。

では、「火を使うのをやめますか」と聞かれてどう答えます?

危険だけれど、必要だから、
うまう使いこなすしかないはず。

火を人類が使い始めて160万年は経っているという。
それでも、まだ火事が起きて、多くの人が亡くなる。

原子力を使い始めて、まだ100年も経っていないのだ(注)。

注:放射能を特殊なエネルギーとみなすのは、
  この議論の場合適切ではない。
  やはり、高校の物理、化学のレベルである。

逃げるのではなく、使いこなすことに専念した方が、
良いのではないか。


許せないこと


最後許せないこと2つ。

まず。
今回の替え歌で絶対に許せないフレーズ。
「ずっとクソだったんだぜ
東電も北電も中電も九電ももう夢ばかり見てないけど
ずっとクソだったんだぜ それでも続ける気だ
ほんとクソだったんだぜ 何かがしたいこの気持ち
ずっと嘘だったんだぜ ほんとクソだったんだ」

私は全く東電とは関係ない。
しかし、このフレーズは許せない。
政治家も東電幹部も「クソ」かもしれないが、
東電の現場職員は、一生懸命がんばっている。

バカな政治家や仮病に等しい病名で入院した東電社長などと、
現場で命がけでがんばっている人々を
いっしょくたにして、「クソ」と呼ぶのは許せない。

そんなヤツには、電気を使う権利はない!!


もうひとつ。
今回の原発事故で被災された方々には
心からお詫びを申し上げたい。
ブログに書いて済むとは思わないが、
他にどうしようもないので。
この場を借りまして、お詫び申し上げます。

今まで何度も書き、消してきたお詫びですが、
今回ようやく書けました。

今まで、東京電力管内に住んで、
福島の原発の恩恵を受けてきた人々は
たとえ、政治家や、東電幹部が
私達の知らないところで、意に反したことをやったにせよ、
福島の原発事故の責任を負う義務があると思う。

他人事のように、原発や東電の批判をする権利はない。
そういう意味でも、今回の替え歌は残念だ。
歌詞の中に、ウソをまかり通してきた、自分への反省や、
福島の方々への謝罪があってしかるべきなのに。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 13
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!)

コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
この歌の閲覧がいつまで聴けるか分からないので、
音声ファイルにして保存しブログにアップしました。

がんばれ!斉藤和義
ずくなし
2011/04/10 09:07
ずくなし様コメントありがとうございました。
私としては、斉藤和義よりも、被災した方々や、原発の現場の人々にがんばってもらいたいです。
JH
2011/04/10 15:30
数年前にコメントさせてもらったことのある元パワーリフターです。

全く、おっしゃる通りだと思いました。
これからも勉強させてください!
無題
2011/04/10 19:35
無題様コメントありがとうございました。
いろいろな意見があり得る話題についてブログに載せるのは、とても怖いのですが、一人一人が自分の考えを、良く考えて発信することが重要だと思って書きました。この文章を書くのに、延べ5時間、9回の推敲をしました。安易な結論に飛びつかないで、よく考えることが必要とされている時代だと思います。
今後もよろしくお願いします。
また、パワーリフティングの試合への復帰も、共に目指しませんか?
JH
2011/04/10 20:13
お久しぶりです、ヨコヤマです。

今回のJHさんの記事について、感想を書かせていただいたのですが、あまりに長くなってしまったので下記に記載しました。

http://80313866.at.webry.info/201104/article_1.html

もし、お時間あればお読みいただければ幸いです。
ヨコヤマ
2011/04/10 23:50
ヨコヤマ様コメントありがとうございました。わざわざブログまで開設して頂いたとは、申し訳ありません。
また、詳細な感想もとても勉強になりました。原発の危険性についての詳細なレポートだと思います。
読ませていただいて、もっともな内容がほとんどだと思いますが、私が今回のブログで言いたかったこととは、ずれがあると思います。
現在の核分裂による原発の危険性は高く、将来的には他のエネルギーに移行しなくてはいけないと私は思います。
また、原発事故による汚染、被害は甚大で、これは容認できませんし、過小評価する気はありません。ただ、他人事のように、自分に責任がないように批判する権利がないと書きました。今まで原発を容認してきた人々も責任を感じるべきだと書いたつもりです。
また、実際に存在する風評被害について書いたつもりです。自分だけの絶対の安心という身勝手な考えが、ウソを誘発するのだと書きました。
尚、幸いなことにヨコヤマさんが心配されていた、千葉県東部への高い放射性物質の飛来は、観測されていないようです。
外国のものを含め基準値は、理論値であり、エビデンスに基づくものではないので、その比較はあまり有益ではないと思います。
「クソ」と呼ぶのと批判は違うことだと思います。何でもまとめて否定することは、誤りを誘発する原因の大きな一つだと思います。行為の全てが悪である、戦争に今回の原発事故を例えるのは、やはり間違いだと思います。
「バカやろー」は不適切だったと反省し、削除しました。
ご意見ありがとうございました。
JH
2011/04/11 09:44
ご感想いただき、ありがとうございました。

何度も書き込む事はご迷惑でしょうから、この書き込みまでにします。

自分の至らなさ故、JHさんの記事の意図が読み取れなかった事につきましては、申し訳ありませんでした。

JHさんのご返信を拝読し、やはり意見が違うなと感じます。

自分もこれまで無自覚に原発を容認してきた人間として責任は感じるべきと考えます。
であればこそ、今後は脱原発に向け、原発容認/推進路線を積極的に批判すべきであると考えます。
震災前は日本の発電量における原発依存率を50%まで高める計画でした。
批判なく沈黙すれば、この路線を容認する事になると考え、批判の必要性を重く感じます。

現在の日本の自然エネルギーへの投資は非常に規模が小さく、中国へのODAより少な
い額にすぎません。
積極的な原発推進が代替エネルギー研究への投資を狭めている原因の一つと考えます。

すみません、続きます
ヨコヤマ
2011/04/11 12:37
続きです

風評被害については、消費者に非があるのではなく、正確な情報をタイムリーに国民に伝えない政府に責任が大きいというのが自分の考えです。
ブログでも述べさせていただきましたが、危険について言及した保安員を更迭したり、放射能の拡散予測を公開しないよう気象庁に要請したり、原発事故における政府の隠蔽傾向はかなり鮮明です。
情報を隠蔽するから正確な判断ができない国民がリスク回避傾向を高めるのだ、と考えます。

東欧、ヨーロッパは放射能被爆事故の疫学的調査においては、日本より先進国であり、彼らの知見は尊重すべきと考えます。
人の命にかかわることなのですから、安易に安全であると断定する日本の姿勢は特に子供達にとって危険な物であると感じます。

国民に正確なリスク情報を伝えず、安全とだけ公報する政府の姿勢や現場が頑張っているのだから東電を批判すべきではない、というJHさんのご意見から戦時中の大本営発表や反戦弾圧を想起してしまいましたが、不適切でした。
申し訳ありません。

では、失礼いたします。
このたびはつまらない批判に丁寧にお答えいただきありがとうございました。
ヨコヤマ
2011/04/11 12:38
ヨコヤマ様コメントありがとうございました。
ヨコヤマ様の書いておられることには納得がいきます。ただ私と論点が違うというだけです。
私も、政府の責任は重大だと思います。批判すべきだと思います。
しかし、その政府を選んでしまったのは誰でしょうか。そしてその悪い政府を良くするにはどうしたらよいでしょう?
今回の都知事選の結果を見ると、失望と無力感だけが残ります。あの結果で都政が良くなりますか?
政府や東電幹部のおかしさを変える方法が、私には全くわからないのです。批判しているだけでは、変わらないのは歴史が証明しています。歌でも変えられないでしょう。また三里塚を見れば、過激な方法はかえって害になることも明らかです。
でも、自分達は変えることができると思います。だから、人々が変わる方法を模索したいのです。そのためには、政府などの責任を追及するのはもちろんですが、それだけでなく、自分達の問題点を把握することが重要なのだと思います。そこから、ウソを求めない、ウソを許さない国民になれると思いますし、正しい世論が形成されるものと思っています。

風評被害は政府や東電、原子力保安院さらにマスコミにも重大な責任があると思います。でも、そんな政府やマスコミに踊らされないために、私達がどうしたら良いのか。批判をしていても何も変わりません。そのためには、自分自身にできる問題解決を考えるのが最も効果的だと思います。ありもしない絶対の安全を求めない、現実に存在する危険から眼をそむけない、そうしてこそ、初めて、正しい判断ができると思うのです。それが、ダメな政府、ダメなマスコミが通用している今の日本で、ウソや風評被害をなくす世論を作るのではないでしょうか。

今回のこのブログは、原発賛成か反対かが論点ではありません。ウソを横行させないために、自分達に何ができるか、そういうテーマなのです。
JH
2011/04/11 13:54

コメントする help

ニックネーム
本 文
「ずっとウソだった」 中年パワーリフター日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる